FC2ブログ

2019年3月2日 2019明治安田生命J2リーグ 第2節 FC町田ゼルビア戦@三協フロンテア柏スタジアム

下馬評というものは、低いよりは高い方がいいのは事実だろうが、
下馬評が高いことで、未来の結果が保証されるものではない。
今年のJ2リーグ、私が応援している柏レイソルは、
大半のサッカー解説者やサッカー関係者が、昇格候補の筆頭にあげている。
無論、それは悪いことではないのだが、それが昇格につながるものではない。
あくまでもピッチで選手達が勝ち点を重ねる事のみが昇格への唯一の道なのだ。

実際、今年の開幕戦、レノファ山口との試合は、勝つには勝ったものの、
お世辞にもいい内容とは言えないものだった。
無論、内容のある敗戦より、内容のない勝利のほうがいいのは間違いない。
ただ、この内容のままでは昇格は厳しいぞ。と感じた人が大半だろう。
しかし、伊東純也や中山雄太、鈴木大輔などの主力選手が移籍したこと、
監督が代わっての新たなシーズンで、まだまだチームが成熟していないことを考えれば、
シーズンが進むにつれて、試合内容が徐々に良くなっていくと考えるのが自然だし、
むしろ、少しずつでも良くなっていかなければ、昇格は不可能と言っていいと思う。

実際、私はシーズンが始まってしばらくは、勝ち点を取れるかどうかは別問題として、
チームの成熟度は低いことは覚悟していた。
いくらネルシーニョ監督が、経験豊富な監督で実績があるとはいえ、
2ヵ月程度の準備期間では、最初から100点満点のチームができるとは到底思えなかったからだ。

それを考えたうえで、今年の日程が発表された時、
第2節で町田と当たるのは正直に言っていやな日程になったな。と思わざるを得なかった。
町田は相馬直樹監督になって6年目のシーズン。
昨シーズンの最終順位はJ2で4位だったものの、最終盤までJ2での優勝争いをしていたチームである。
チームとしても成熟しているし、おそらく今シーズンもJ2の上位争いをするであろうチーム。
そういう相手とは早い段階では当たりたくないと考えていたのだが、
不運にもそんな相手と第2節のホーム開幕戦で当たることになってしまった。

試合の方はそんな私の不安が具現化する前半になった。
前半開始から、町田のハイラインに手を焼き、柏の前線の選手たちは、ことごとくオフサイドに引っかかる。
柏にも決定的なチャンスが1回はあったが、全体的には町田がゲームを支配していた前半だった。
ハーフタイムでの修正に期待したいところだったが、
ネルシーニョ監督は後半開始から山崎に代えてオルンガを投入。
センターでプレーしていたクリスティアーノを右サイドに出し、オルンガをセンターに据えた。
結果的にこれが大正解となる。オルンガのところでボールが収まり、
クリスティアーノはサイドに出たことで、ハイプレスの裏を取れることが多くなったからだ。
そして、カウンターで裏を取ったクリスティアーノが相手に走り勝ち、逆サイドの瀬川へパス。
その瀬川がうまくディフェンスの間をつき、自らスペースとシュートコースを作り得点。
この1点を守り切り、1-0での勝利となった。
正直、まだまだ内容には不満はあるし、課題は多いだろうが、
開幕戦に比べれば内容はよくなっていたのは間違いない。
とはいえ、まだまだ及第点にはほど遠かっただろう。
試合後の監督や選手たちのコメントを見ても、まだまだチームとしてしっかりしたサッカーができていない。
ということが如実に伝わってくる。
しかし、そんな状態でも2試合で勝ち点6を取れたことは大きい。
勝ち点3以上に価値のあるものなど何もないのだから。

チームを成熟させながら勝ち点を積み重ねる。
簡単なことではないだろうが、それができなければ昇格はできないだろう。
残念ながら諸事情により、今月はもう生観戦ができない予定である。
だからこそ、来月、私がスタジアムに足を運んだ際には、もっと内容のいいサッカーを見られることを期待している。
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2019年Jリーグ開幕

2019年のJリーグが開幕した。
しばらくは日曜日に柏レイソルの試合があることに違和感を覚える事だろう。
(現在は原則として、J1は土曜日、J2は日曜日に試合が行われる。)
私の願いはただ1つだけである。
どんなに不格好な試合でもいい。内容が悪くても構わない。
アンフェアな事やラフプレーさえしなければ、どんな展開でも構わない。
ただただ、勝ち点を積み重ね、1年でJ1に戻ってほしい。それだけを願っている。
サッカー観戦は、クイズや将棋と違い、自分の努力で結果をどうにかできることではない。
だからこそ祈るしかない。そしてスタジアムに行って声を出すしかない。
私の祈りや声援が結果を変えることなどないことは十分承知している。
それでもサポーターとしてできることをやらずにはいられない。
日曜日に試合があることを違和感だと思えるうちに、J1に戻ってもらいたい。

2018年12月29日 クイズ!原宿のとなり杯2018

この日は古川洋平さんが主催するクイズイベントに参加しました。
このシリーズは半年に1回行われており、今回が8回目で私は毎回参加しています。

過去の自分の成績は
2015年 表参道杯  準々決勝敗退(ベスト8)
2015年 原宿杯   4R敗退
2016年 表参道杯  準々決勝敗退(ベスト8)
2016年 原宿杯   3R敗退
2017年 表参道杯  2R敗退
2017年 原宿杯   準優勝
2018年 表参道杯  4R敗退

一応、前年度の準優勝者であるわけですが、
この大会の2~3ヵ月くらい前から非常にクイズの調子が悪い状態でした。
解答権を取れば誤答、取れずに押し負けた問題は思いついた答えが正解。
迷って押せなかった問題も思いついた答えが正解。という状態でした。
こういう表現が正しいかはわかりませんが、自分の中でかみ合ってない状況が長く続いていました。

そのため、結果を出せる自信など全くなく、ある意味開き直って大会に臨みました。
結果的にはそれが逆に良かったのかもしれません。

そして始まった1R。12人から4人が勝ち抜けの2○2×。
今年の表参道杯チャンピオンのyuriさんと同じ組でした。
(ちなみに1Rの組み分けはくじ引き)
yuriさんを含む3人に早々と抜けられた段階で、自分は0○0×。
ここで、誤答失格することも覚悟で、多少飛び込み気味で押そうと決断。
決断するタイミングが遅きに逸した感はありましたが、
飛び込み気味で解答権を取った問題が、幸運にも正解だったことが2回続き2連答。
ギリギリではありましたが、どうにかこうにか1Rを抜けることができました。
ちなみに私と1Rで同じセットだった、私を含む12人のうち、
5人がベスト20、4人がベスト8まで残るという、いわゆる死の組であったことは補足しておきます。

そして3R。12人から5人が勝ち抜けの連答付き4○2×。
考えていたのはとにかく無駄に×を付けないこと。
失格リーチとそうでない状態では、どうしても押すタイミングに差が出てしまうからです。
押し負けが何度かあったものの、押し負けた問題は自分が思いついた解答が正解だったので、
自滅をしなければいつかはボタンが付いて正解できるはずだ。
と、自分に言い聞かせるように心の中で繰り返しつぶやいていました。
個人的には東海道新幹線がどこからどこまでかを聞く問題で、
問読みの藤野さんが、「と」でも「し」でもない言葉を言ったことを確認して、
解答権を取れたことが大きかったと思っています。
(「東京とどこ」でも、「新大阪とどこ」でもなく、両方を聞いていることがわかったという意味)
その正解で少し落ち着くことができたたのか、×を付けることなく2番目に抜けることができました。
そして2番目に抜けられたことが大きな意味を持つことになります。

4Rはコース別クイズ。ここまで勝ち残った20人が
・7○3×
・7○2×アップダウン
・7○7×
・7○5休
の4つのコースから好きなものを選び、それぞれ5人から2人が勝ち抜け。
コースの選択権は3Rで早く勝ち抜けた人が優先的にコースを選べる形式のため、
3Rで2抜けした私は、高い確率で自分の希望するコースに行けることになりました。
自分が選びたいのは7○2×アップダウンだったのですが、
このシリーズの4Rはいつも7○2×アップダウンが人気だからです。
さいわいにして、コース別の希望は通り、7○2×アップダウンを選択することができました。

そして始まった4Rの7○2×アップダウン。
問題のめぐりあわせがよく、頭1つ抜け出る形になりました。
アップダウンではルールの特性上、チャージをかけてくる人はまずいないため、
3○くらいリードをした段階でやや慎重に行くことにして、
普段も100%確定したと思ったところで押してはいるのですが、
より確実な押しをすることを心掛けました。
序盤のリードを活かすことができ、1番目に勝ち抜け。4度目の準々決勝進出となりました。

準々決勝は4Rを勝ち抜いた8人と敗者復活戦を勝ち抜いた1名の合計9名によるタイムレース。
1セット3分間を全部で4セットを行い、1セット毎に勝ち抜け1名、脱落1名を決め、4名が準決勝に進む形式。
昨年は勝ち抜けることができたものの、自分はタイムレースに苦手意識を持っており、
この日も苦戦するだろうと考えていました。
そして、昨年考えたことと同じことを思っていました。
指の遅い自分は後のセットになって解答権保持者がが減れば減るほど、
解答権を取るのが難しくなるだろうと考えていたため、
1セット目、遅くても2セット目で勝ち抜けないと、自分にチャンスはないだろうと。
そのためにできることは、わかる問題をわかったタイミングで確実に押し、誤答をしないこと。
これ以外に出来ることはないと考え、タイムレースに臨みました。

そしてはじまったタイムレース1セット目。(正解で+1ポイント、誤答で-1ポイント)
わかる問題をわかったタイミングで確実に押すことだけに集中。
押し負けはいくつもありましたが、誤答はすることなく終えることができました。
しかし、自分が何点なのかは全くわからない状態でした。
自分のポイント状況が、まず間違いなく最下位ではないことはわかっていたのですが、
上位かどうかはわかりませんでした。結果は4ポイントで、私とくまさんと林檎さんの3人が同点。
同点時は1○1×のプレーオフをして勝ち抜けを決める方式。
しかし、このプレーオフでは何が何でも解答権を取らなくてはいけないのに、
林檎さんに解答権を取られ、勝ち抜けられてしまいました。
仮に誤答をしてでも、解答権を取らなくてはいけない局面だったのにもかかわらず、
ボタンを押せなかったことに非常に悔いが残りました。
しかし、あまり引きずりすぎると、次のセットに悪影響が出ると思い、
後日、この点について反省しなくてはいけないけど、今はクイズに集中しようと思い直しました。

そしてタイムレース2セット目。(正解で+1ポイント、誤答で-2ポイント)
1セット目のポイントは引き継ぐこと、および、自分が自分の中で相対的に得意である、
誤答のペナルティが大きいセットのため、ここが抜ける最大のチャンスだと考えていました。
誤答ペナルティが大きいセットなことで、全員がやや慎重な押しになったためなのか、
1セット目より解答権を取ることができ、誤答もすることなくセットを終えることができました。
しかし、頭の中で計算をすることがほぼできず、
敗退となる最下位ではないであろうことは、1セット目と同様にわかっていましたが、
自分が何問答えて何ポイントかは全くわかっていませんでした。
結果が表示されるまでずっと緊張していたのですが、
結果はこのセット6ポイント、トータル10ポイントでトップ。
昨年に引き続き、ベスト4に残ることができました。

そして準決勝の通過クイズ。
準決勝に残ったのは、林檎さん、私、くまさん、マウンテンさん、の4人でした。
この準決勝の通過クイズは、準々決勝の1○1×プレーオフ時の反省を活かす絶好の機会と考えていました。
考えていたことは昨年と同様に、下記の3点でした。

・平場の状態では0○の状態を早く脱出し、誰かが通過席に立った時にチャージできるようにする。
・通過席に誰かが立ったら、自分に○の余裕がある限りはチャージし続ける。
・通過席に自分が立ったら、変な誤答をしてもいいから、何が何でも解答権を取る。

1○を早めに取れた後、半信半疑で押してしまった問題が正解だったという幸運にも恵まれ、
最初に通過席に立つことができました。

通過席で問題を聞いているとき、途中まで聞こえた問題文から次のようなことを考えていました。
(この問題は、おそらく現在のオリンピック担当大臣の名前を聞いているのではないか?)
(先日、パソコンが使えない云々がニュースになってたからきっとそこに落ちるはずだ。)
(その人の名前は・・・そうだ、桜田義孝(さくらだ・よしたか)さんだ。)
(自分が住んでいる柏市が選挙区の議員で、1回だけだが柏の将棋センターで会って、あいさつ程度だけど会話をしたことがある!)
と。

自分が住んでいる柏市が選挙区の議員の名前を聞かれる問題が、
自分が通過席に立ったときに出題されるというこの上ない幸運に恵まれ、
1発で通過席で正解を出し、2年連続で決勝に進むことができました。

決勝戦はマウンテンさんとの1対1のクイズ。
もちろん勝ちたいと思って臨みましたが、昨年の経験から決勝戦の形式は知識の広い人が有利だと感じており、
知識の幅の広いマウンテンさんに勝つのは難しいだろうと考えていました。
勝つチャンスがあるとしたら、自分がわかる問題を確実に正解していくしかないだろうと考えていたのですが、
それができず誤答をいくつも出してしまい、接戦に持ち込むことはできたものの、
やはり知識の差を見せつけられて、2セットを連取してマウンテンさんが優勝。
自分は2年連続の準優勝に終わりました。

もちろん悔しさが0ではありませんが、客観的に見たら2年連続で決勝までいけたこと、
および8回中4回ベスト8まで残っているのは望外の結果としか言えないと思います。
特に今回は、クイズの調子が悪いと感じて大会に臨んだため、全く夢にも思わないような展開でした。
もしかしたらですが、自分は問読みとリズムを合わせないとダメなタイプなのではないか?
と考えているところがあるので、聞き慣れている藤野さんの問読みと古川さんの司会だったから、
かみ合ってなかったのがアジャストできたのかもしれません。真相はわかりませんが。

今までも明確ではありましたが、知識の幅の狭さという弱点を克服するために、
2019年はもっともっと勉強しなくてはいけないと思っています。
また同じ舞台に立つことはかなり難しいと思いますが、
勉強をしなくてはもともと低い可能性がさらに低くなるだけです。
自分にできることを継続して、ラボクイズや他でのクイズに臨みたいと思っています。

最後に、今までクイズを一緒にしてくれた、ラボクイズ勢の皆さん。
いつも色々と教えていただいている古川さんおよびカプリティオの皆さん。
そして、お世話になっているクイズサークル・グランドスラムの方々。
およびここまで読んでくださった方々にお礼を述べさせていただき、終わらせていただきたいと思います。

本当にありがとうございました。

助詞を活用したクイズ時の頭の思考の整理

昨年度と同様に、クイズやるひとアドベントカレンダー用にブログを書かせていただきます。
今回のアドベントカレンダーでは、

・誤って早くボタンを押してしまったときの答えの推測
・何が答えの候補になるかを早い段階で絞り込む

などを目的とした資料を作ってみました。

正直、皆さんの役に立つかはわかりませんし、役に立つ自信は全くと言っていいほどありません。
また、問題文の候補としたものが不適切だった可能性もあります。
その点はご承知おきください。

●助詞を活用したクイズ時の頭の思考の整理
http://bit.ly/2RGtSBi

最後に、読んでくださった方に感謝の意を表して本記事を締めたいと思います。
ありがとうございました。

小さな偉人の引退

2018年12月1日。柏レイソルに所属していた一人の選手が引退を発表した。
その選手の名前は栗澤僚一。
いきなり失礼なことを書くが、この名前を聞いてピンとくる人は、
かなりのサッカー通(特にJリーグ通)か、柏レイソルのサポーターか、栗澤がかつて所属していたFC東京のサポーターか。
おそらくそのどれかであろう。
栗澤はA代表はもちろん、世代別の代表にも呼ばれたことが無い。
よって知名度はかなり低い選手と言わざるを得ないだろう。
だが、彼は間違いなく柏レイソルを代表するプレイヤーだった。

栗澤が柏レイソルにやってきたのは2008年8月のこと。
当時、柏レイソルに所属していた鈴木達也という選手と交換トレードのような形で柏にやってきた。
(移籍当初はレンタル移籍だった)
失礼な話だが、私はこのトレードにかなりの疑問を持っていた。
というのも鈴木達也にはスピードというわかりやすい特徴があり、スーパーサブとしても計算できそうな選手だったのに対し、
栗澤にはこれというわかりやすい特徴がなかったからである。

しかし、自分の見識が間違っていることはすぐにわかることとなる。
FC東京ではどちらかというと攻撃的な選手だったはずなのだが、
柏では完全にボランチとして守備面で存在感を見せることとなる。
何が凄かったかというと、とにもかくにもボールがあるところに栗澤がいるのだ。
セカンドボールはことごとく拾い、相手の攻撃の芽は即座に摘み取る。
先ほどまで攻撃に参加していたかと思うと、いつの間にか守備に戻っている。
全く違うポジションにいたはずなのに、相手がボールを持つとそこに栗澤がマークについている。
冗談でもなんでもなく、ピッチに3人くらい栗澤がいるのではないか?
と思わされるほど、ボールのある場所、味方の危険な場所をカバーする場所に栗澤は常に顔を出していた。
特にダブルボランチとして大谷と組んでいた時は非常に分かりやすい役割分担ができていた。
ボール奪取能力に優れた大谷と、セカンドボールを拾ったり、相手のパスコースを察知したりする能力に優れた栗澤。
彼ら2人の働きでどれだけの失点の芽が摘み取られたか計り知れないだろう。

確かに栗澤は柏に所属した10年半の間で、リーグ戦での得点はたったの2点しか取っていない。
しかし、得点という一番分かりやすい形での貢献こそなかったものの、
彼がいたおかげで柏レイソルがどれだけ助けられたかは、柏レイソルのサポーターはみんなが知っているだろう。
体も小さく、キック力があるわけでも、足が特別に速いわけでもなかった。
彼は抜群の運動量と、卓越した戦術眼、サッカー選手としてのインテリジェンスの高さで、
11シーズンもの間、柏を支え続けてくれたのだ。

確かに、あと5年、10年あるいはもっと年月がたったときに、
柏レイソルのタイトル獲得(2011年J1優勝、2012年度天皇杯優勝、2013年Jリーグカップ優勝)が語られるとき、
彼は真っ先に名前のあがる選手ではないかもしれない。
どうしても得点を取った選手や、ゴールキーパーなどにスポットが当てられやすいからだ。
具体的に言えば、工藤であったり、田中順也であったり、レアンドロ・ドミンゲスであったり、ジョルジ・ワグネルであったり、菅野であったり。
だが、間違いなく栗澤はレイソルのタイトル獲得に大きく貢献した選手だった。

栗澤僚一。この小さくも偉大な柏レイソルを支えた選手を、私は語り継いでいきたいと思う。
そして、彼のインテリジェンスの高さを、指導者やフロントとしてサッカー界にまた貢献してもらいたいと思っている。
きっとそれができる人物に違いないから。

最後に、10年半本当にありがとうございました。
プロフィール

GYM

Author:GYM
柏レイソルとか
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天鳳とか
将棋とか
囲碁とか
スポーツ観戦とか
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